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私のてつがく

私のてつがく

盛岡市で活躍する気鋭の農家の方々の思いや考え方を「私のてつがく」として紹介します。第1回は、岩手県版GAP(農業生産工程管理)確認登録第1号となるなど先進的な経営で日々奮闘している有限会社田鎖農園代表取締役社長の田鎖高紀さんの「私のてつがく」を紹介します。

VOL 1

有限会社田鎖農園 盛岡市三本柳 代表取締役  田鎖 高紀(こうき)さん

現在、水田18㌶をはじめ、ねぎ80㌃ 、サンチュ水耕栽培20㌃など約10品目を栽培しています。正社員4人とパートの皆さんと日々汗を流しています。

県版GAP(農業生産工程管理)を2017年9月に取得しました。取得を機に20年夏予定だった東京五輪に米を提供する方向でしたが、新型コロナウイルス感染拡大により、まさかの1年先送り。非常に大きな痛手です。21㌧を見込んでいましたが、全てキャンセルに。外食産業でも休業が相次いだことも大きなダメージでした。しかし、東京都内のお米屋さんのグループが新たなクライアントになりそうです。たまたまBSテレビの番組で取り上げてもらったことが販路拡大につながりました。「人間万事塞翁が馬」の状況です。

 

GAP導入で社員スキル向上

流通・販売などへの活用が主目的のGAPですが、農園ではそのイメージはありませんでした。今働いてもらっている従業員は、もと銀行員、建設コンサルタント業、パティシエなど畑違いの若者たちで、農業とは全く別世界の人たちです。GAP導入したことにより作業場の雰囲気が「締まった」感じがします。後片付けなど職場の整備を明確にルール化したことで環境が整い、作業の効率化につながりました。

GAP導入を考えた理由は、社員を「レベルアップさせたい」と思ったからです。GAPは取り入れることで対外的信用度を上げて販売につなげる、と考えがちです。しかし私の農園はほとんどの作物を契約販売しているので、作業効率や品質のスペックをいかに上げていくかを重視しました。後継者の育成もあります。次代の農業を担う「人材をつくる」意味で客観的なマニュアルがあった方がいいと感じました。

 社員の皆さんにもスムーズに受け入れてもらったと思います。理論づけての指導になったからでしょう。こちらも指導の仕方が一方的にならないように注意しながら接しました。基準ができたと思います。農家だと作業時間もある程度ルーズになりがちですが、農園では、おかげさまで週休2日、ぴたっとできていて、出勤簿も正確に付けてもらっています。

 

意欲がある若者こそ後継者に

 農園で働いている人たちは次期社長候補でもあります。日本の農業の現状をみると、跡取りや親族が農業経営を引き継ぐのは限界を迎えていると思います。今の農業制度は「土地本位」です。これを、実際に経営をしている「農家本位」にしないといけないと思っています。例えば、農地所有適格法人の農地は代表者が変わっても農地の登記上の変更はなく債券、いわゆる資本の移動により経営の移動を完了させる。そういう考えでないと日本の農業はこれ以上無理だと思います。実際、跡取りの方は農業をやりたがらない人が多い。その一方で農業に挑戦したい若者もたくさんいます。その意欲ある若者の中で優秀な人にマネジメントを任せればいいと思います。変わった考えではないと思います。事実、私の子どもたちも航空機エンジンの設計や一般企業、デザイン関係の仕事をしていて、農業に携わっていません。私が農業を始める時は資金繰りに苦労しました。退職金もつぎ込んだし、大好きだったハーレーダビッドソンのバイクも売ってハウスの建設資金にしましたから(笑)。

 

福祉施設と共同し豆腐づくり

 就労継続A型事業所「まめ工房 緑の郷」の豆腐づくりに協力しています。以前相談を受けた際、弊社の減反水田で豆を育ててもらい豆腐の原材料とし、園生がグループホームで食べるお米は園生が自分で生産することを提案しました。弊社の普段使わない3トン車載車やトラクター、大豆播種機などもシェアしています。その代わり工房の皆さんには弊社の水田除草作業をやってもらったりしましたが、今はすっかり独り立ちし豆腐工場も盛況です。時折人手が足りず困っているときには手伝ってもらい、労働力としてとても頼もしい存在です。

現在、オリジナルのマッコリを開発中ですが、それに使う豆の加工も工房にお願いしています。また工房の豆腐工場から出るおからを利用し、農園から出る糠や籾と合わせるといい堆肥にもなります。作業している皆さんの反応も非常にいいです。楽しそうにしっかり働いてもらっています。賃金も時給でしっかり払っていますし、就労につながっていることは非常に有意義な連携だと思います。

 

野菜を手に飲食店と〝接近戦〟

私は元銀行員でしたが、急きょ実家の農家を継ぐことになりました。経営状態をみて「このままではだめだ」と見直しを決意し、飲食店への飛び込み営業をしました。最初はサンチュでした。岩手では焼き肉店がたくさんがあるのに誰も栽培しておらず、それなら私が作っちゃおう、と思ったわけです。当時、県内では収穫から3日ほど経った関東産サンチュが出回っていました。今はうちの農園で朝採れたものが昼にはテーブルに上がります。タイムラグのないダメージの全くないものです。

農園での水耕栽培は暖房費があまりかからない寒さに強い野菜が主力でスタートしましたが、飲食店に納入する品目は米やネギなどへと徐々に広がっていきました。米も発想の転換だと思います。農園では、籾で保管して毎月1回玄米にしています。冷蔵庫がいらない仕組みを導入したことで「今摺(いまずり)米」という価値がプラスされました。ぴょんぴょん舎さんなど焼き肉屋さんでもそういった農園の米について理解してもらっています。県内だけでなく、県外は兵庫県の割烹料理店、東京都内にも出すほど広がりました。

ネギの出荷でも工夫しました。通常スーパーなどではサイズを均一にしたものを出荷しますが、飲食店だと「刻み」「しらが」「飾り」など千差万別のねぎが欲しいそうです。うちは太いもの細いものを混ぜた上で、束ねないで出荷することにしました。飲食店が使い勝手いいように分けることができるようにするためで、その分うちは単価を下げました。販売先の段ボール片付けやテープ切るなどのバックヤード作業を省くことができました。これはお店と直接やりとりをする「接近戦」の効果です。段ボール代や手間賃、作業代などを差し引きしても意外と割は良いものとなりました。米も各業態によって釜のサイズに合うキロ数で要望に沿ったものを提供しています。コストとメリット。お互いのメリットの部分で折り合いを付けることで「お釣り」が来るようになりました。

 

若手中心に新たな品目を開発

さまざまなマネジメントを若者に任せています。新しく力を入れているマッコリは元銀行員が担当し、水田は元パティシエに頑張ってもらっています。マッコリについては今回の新型コロナウイルス拡大を受けて、加工部門の必要性を痛感しました。8月には販売ルートに乗せたいと思っています。味には自信がありますし、取引先の焼き肉店からも需要があります。リンゴやニンジン、アワ、ヒエ、キビを使ったマッコリも美味しく仕上がりそうです。女性をターゲットに力を入れる方針です。

 

「悪くないぜ、この世界」を発信

岩手は半年間冬に閉ざされる「弱者」です。雪のない他県とがっぷり四つに組んで勝負することは非常にパワーが必要だと思います。その中で農業後継者とその家族の将来を担保し農業という産業を育てていくためには、我々世代がいろいろ知恵を出し工夫をしていかなければならいと思います。

農業を営む上でいろいろな困難な中にも、あくせくしなくてもいい感覚、人生の楽園的発想も必要ではないでしょうか。うちにはサウナもある。夕方サウナに入ってビール飲んで、週休2日。そういうのを若い人に知ってもらいたいのです。「悪くないぜ この世界」というのを感じてほしいと思います。

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