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私のてつがく

私のてつがく

盛岡市で活躍する気鋭の農家の方々の思いや考え方を「私のてつがく」として紹介します。

2020年10月1日

VOL 3りんご工房きただ 盛岡りんご推進協議会会長 北田富士子(ふじこ)さん

りんご工房きただ 盛岡りんご推進協議会会長
北田富士子(ふじこ)さん

第3回は家族経営でリンゴの岩手オリジナル品種の栽培や減農薬特別栽培を行っているりんご工房きただの北田富士子さん(盛岡りんご推進協議会会長)。「“ちょっとイイもの”を手ごろな価格で」、そして「若者があこがれる農業」を目指す、北田さんの「私のてつがく」を紹介します。

りんご工房きただのリンゴ畑は、盛岡市黒川に6カ所に点在し、合計305㌃あります。水稲の他モモ、キウイなどのフルーツ、野菜も栽培しています。私と主人(晴男さん)、長女(紗友美さん)と息子夫婦(長男学文さんと妻歩美さん)の家族5人で経営しています。

■「3Y」で農業を楽しく

結婚して約25年間、私は外で働き、主人は農業という生活を送っていました。ある日、義父が倒れ、それをきっかけに「もし主人が倒れてしまったら、私はこの農地をどうしたらいいのだろう」と考えるようになりました。

「もし農業で食べていけないなら、また働けばいい!」。15年ほど前に、農業に挑戦することを決意しました。

当時、農業は「きつい、汚い、暗い」のいわゆる3Kのイメージがあり、特に農家の嫁は悲惨だろうなと思っていました。しかし農業を始めてみると、傷付いたリンゴをジュースやジャムに加工して無駄なく使う工夫をしたり、お客さんの意見や思いを直接聞いたりすることが楽しくなってきました。初めは農業の稼ぎだけでは食べていけませんでしたが、やればやるほど結果が目に見えて分かるようになりました。だんだん収入が安定し、経済的に自立できるようになってからは、さらに農業が楽しくなりました。

 

私が目指してきた農業は、若者があこがれるような「ゆかい・ゆとり・ゆたかな」の「3Y」農業です。農家の嫁はこうあるべきだという周りの目よりも、自分がどういう農業をしたいかという気持ちを大切にするためにも3Yを実行しようと決めました。

■協定結んで家族経営

農業担い手不足の根本には、農家自身が作り出した暗いイメージがあるのではないかと思います。このイメージを変えようと10年以上前に「北田家 家族経営協定」を結びました。協定書に掲げた目標は「若者があこがれる農業をめざす」です。

協定書は盛岡市職員の立ち会いのもと調印。家族間であっても、それぞれ共同経営者としての自覚を持ち、同じ目標に向かっていくため就業条件や役割を明確にしました。

協定書には仕事だけでなく、家事の分担も盛り込まれています。そうすることで、仕事と家事を曖昧にせず、女性の労働が「サービス労働」にならないように工夫しています。農家の嫁がきちんと自立することが必要だし、自分もそうありたいですね。

英語が得意な長女は外国の方の対応。長男の学文は「きたろう」「きおう」「紅いわて」など岩手オリジナル品種の栽培に積極的に取り組み、情報発信しています。歩美さんは声が通るので、イベントなどで販売促進を頑張ってもらっています。私と主人は後継者を育てる立場として働いています。

得意分野がそれぞれ異なっていることが、家族経営をうまく回す秘けつかもしれませんね(笑)。

また月に1回は作戦会議を開き、コミュニケーションの場を設けています。売り上げの目標値を決め、毎月の売り上げ報告と反省、今後の課題などを話し合っています。年齢とともに変化する家族それぞれの役割も見直すこともしています。協定を結んで終わりにせず再締結を重ね、よりよい経営に向けて制度や目標を更新していけるように工夫しています。

最近は大規模農業が主流となっていますが、3Yのひとつ、ゆとりある農業をするためにも、自分たちは無理せずできる範囲でやっていこうと考えています。家族経営のデメリットを聞かれたら、迷わず「ない」と答えます。私たちのように楽しみながら農業をする農家が増えれば、若い人たちの農業に対するイメージを変えることができると思います。

■「おいしい」を大切に

家族協定の内容の一つに「知識、視野を広げるために2年に1回海外研修を実施する」という目標があります。少し背伸びをした取り組みですが「若者があこがれる農業」をするためには必要なことだと感じています。研修資金は家族みんなで500円玉を貯めています。

これまでドイツ、スイス、クロアチア、イタリア、フランス、ハンガリーなど多くの国を訪れました。現地の農場見学を行いながら1週間から10日間滞在しています。

研修でヨーロッパに行ったとき、小さいリンゴが山積みになって売られていました。見た目が良くないのであまりおいしくないのかなと思っていたのですが、これがおいしい!

ヨーロッパでは、過剰な農薬を使わずに環境を守りながら農場を維持しており、持続可能な農業を学ぶきっかけになりました。そして「見栄えよりもおいしいリンゴを作ろう。それでいて環境も守り、持続していける農業をしよう」と思うようになりました。

海外研修での経験や消費者からの声を受け2003年から「減農薬特別栽培」、05年から「葉取らず栽培」を始めました。

リンゴでは難しいとされる農薬や化学肥料の量を基準の半分以下で栽培を行うのが減農薬特別栽培です。小さい子どもを育てる親御さんから「なぜ無農薬ではないのか」など問い合わせがあったことがきっかけです。

葉取らず栽培は、着色がまばらになってしまうという欠点はありますが、蜜がたくさん入ったおいしいリンゴが作れます。作業の手間も省け、その分価格も抑えられます。

見栄えよりもおいしさにこだわることを大切に、過剰に農薬を与えるよりも、安心やおいしさをお届けしたいと思っています。「ちょっとイイもの」を念頭に、お手頃で美味しい、見た目にこだわりすぎない栽培をしています。今ではれしいことに、栽培方法に共感し、購入してくれる人が増えました。

■蔵で新しい取り組み

6年前からは築130年の蔵を活用した宿泊を行っています。2回ほどリフォームしました。
私は伝統芸能の「黒川さんさ踊り」に取り組んでいますが、最初はその仲間が集う場として蔵を活用していました。せっかく蔵があるので営業許可を取って、一般の方にも開放しようということになりました。施設の名前は、息子夫婦が「FROG BEE」と名付けてくれました。

国内外の人が訪れ、昨年は延べ925人が利用しました。長期滞在する人もいて、おのおのに合った活用をしてもらっています。農地にぽつんとある蔵に泊まって自然の中でゆっくり過ごせるのが人気です。

実は蔵を活用してやってみたい事があるんです。今、岩手の蔵は放置され、廃れていくことが多くもったいないと感じています。そこで何かの形でリノベーションし、県内の蔵同士がネットワークを作れたら面白いなと考えています。宿泊するだけではなく、ジャズ喫茶とかイベントをしてみるのもいいなと思っていて、小さな夢だったりします。

蔵はその地域の地主とか大きな農家さんが所持していることが多いです。だからこそ、活用されることで地域全体が元気に活力を取り戻すきっかけになるのではないかと思います。蔵が活用され、人が集まれる拠点として地域貢献できたら素敵ですよね。

■命をつなぐ農業に誇り

東日本大震災の時に、改めて農業の大切さを感じました。命をつなぐ食料は私たちにとってなくてはならないものです。だからこそ、第1次産業を守っていかなければという思いが強く芽生えました。

震災時には、食を守る使命感から、一生懸命産直に通って消費者に食材を届けました。しかし、お客さんは普段とあまり変わらない様子で買い物をしていました。その光景から、生活圏のすぐそばに小さな農家が点在し、緊急時でも食料が提供できるという事実は「心のゆとり」につながるのではないかと感じました。農家を守っていくことは心のゆとりを守ることでもあり、それが安心して生活できることにつながるんですよね。

それと同時に本州一寒い盛岡でリンゴを栽培し、県内外から賞賛の声をもらっている農家さんがたくさんいます。だからもっともっと自分たちの農産物に自信を持って、県外に向けても発信していってほしいと思うのです。

私は今年から、盛岡りんご推進協議会の会長を務めています。協議会の活動を通して県外での盛岡りんごのブランド力を強化し、盛岡のイメージアップにつなげていきたいと思っています。そして盛岡のおいしいリンゴを食べた人が元気になってくれるような農業をこれからも続けていきたいですね。

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